新型コロナの影響で、誰かと一つの部屋の中で音楽を作るということが難しくなってしまって、いわゆる「リモート演奏」の機会が爆発的に増えましたね。
私個人で言えば、歌い手のための「オペラの伴奏だけの音源」を作ることが非常に多いわけなのですが、これは想像していた以上のやり甲斐と、でも同じだけの不毛さを感じました。
普段、我々ピアニストは歌手の歌を生で聴いて、そこから意識下でも無意識下でも霊感でも(?)、ありとあらゆる信号を拾って、それに自分の脳と手を微調整して、「その歌手/その瞬間のためのベスト」を模索して伴奏をしているわけなんです。一小節ごとにフィードバックもらって、それを基に次の小節を作って、またフィードバックをもらって…みたいなサイクルがあるわけですね。
が、リモート演奏のために、歌手なしで「伴奏だけ」一人で弾くというのは、「無信号」の状態になってしまうわけです。なので、普段受け取っている信号を、自分のアタマを使って再創造しなければならない。これ大変です。
まず、クラシック音楽って、インテンポじゃないんですね。全ての拍が完全に均等なことって、ないです。あったとしたら、かなり機械的な感じに聞こえると思います。クラシック音楽でテンポが均一に聞こえるとしたら、不均一であることによって自然な均一さを演出しているということが起きているんです。
で、オペラの場合。テンポと、テンポの動かし方は、歌手の息が作ります。方向性を示して、ミクロな加速と減速をすることに加え、息継ぎのために拍を少し伸ばすってこともありますよね。言葉の流れの問題もあります。「私はラーメンが食べたい(うどんじゃなくて)」って言うのと、「私はラーメンが食べたい(あなたと違って)」って言うの、言葉のペーシングが少し違うでしょう。オペラの歌詞においては、文脈からある程度予測できることもあれば、個人の感性によって変わってきちゃうこともあります。
で、こんなようなことを全て想定して盛り込み、歌手が気持ちよく表現するための余白も計算し...正直言って、途方もない作業です。だって、同じ「私」という人間がやっている時さえも、頭の中で歌いながら弾いてる時と、実際口に出して歌いながら弾いてる時と、全くテンポ違うんです。どういう風にしたら違う人間にとってやりやすいかなんて、分かるはずもありません。
でも、そういうことを考えて考えて考えて、考えすぎてまた立ち戻って…この作業、すごく面白かった。歌のパートを分かり尽くしていないと成立しないし、自分が普段いかに特殊なことしてるかっていう分析が少しできました。そしてまた、オペラの音楽が(モノにもよりますが)言葉→歌のメロディ→伴奏という風にできているところを、全く逆から辿っていくことになるわけで…今までにない発見や、「そんなことも知らずに今まで弾いてたんか」てことがたくさんありました。面白かった。15テイクくらいかかるけど。
しかし、ある時、歌手から先に歌音源をいただいてそれに伴奏をつける、という、普段とは逆の形でのリモート演奏をやりまして。
2テイクくらいで録れた。
しかも、ほぼ何も考えずに、歌手に脳が反応するのに任せてたら勝手にできた。
めちゃめちゃ楽かよ!!!!!!
15テイクの苦労なんやねん!!!!!!!!
まあ、色々な苦労や思考プロセスは決して無駄にならないと分かってはいるし、作業の充実ぶりは別として、やっぱり歌手なしで歌の音楽を作ろうとするのは相当不毛なことなんだと痛感。トホホ。
声楽っていうのはやっぱりものすごく独自の、何事にも替えがたい有機性のある音楽ジャンルなんだなぁと再認識。歌手のみなさん、いつも信号ありがとう。