オペラ。日本語では「歌劇」と呼称されますが、元々はラテン語で「仕事」の意味。華々しい舞台の上の世界は、劇場における氷山の一角でしかありません。「オペラのウラのウラ」では、VOTメンバー・竹内の経験等も踏まえながら、客席からは見えないたくさんの「仕事」を担う裏方の世界をご紹介していきます。
今回紹介するのは、裏方さんを取り仕切る「舞台監督」の仕事。裏方の先頭に立ち、舞台上全ての責任を負う、そんな舞台監督の世界をご紹介します。
【舞台監督の仕事ってどんなもの?】
舞台監督の仕事は多岐に渡ります。装置を含めた舞台上のすべての道具の管理、劇場入り後の舞台上全てのスケジュール管理と安全管理、撤収作業の監督…ざっっっくり並べただけでもこれくらいあります。公演の規模が大きくなればなるほど助手や他部門のスタッフも増えるため、自身の作業量は減りますが、目を配る範囲は非常に広くなります。
舞台監督、舞台監督助手、大道具、小道具、照明、場合によっては音響、映像…これら全てをひっくるめて「演出部」と言います。一言でいえば舞台監督は「演出部のリーダー」。小規模な公演だと、舞台監督1人でこなすこともあります。竹内はほとんどこれでした。
ちなみに、同じような仕事に「ステージマネージャー」というものもあります。英語圏では同じ意味かもしれませんが、少なくとも竹内の認識的にはステマネは”演奏会やオーケストラで舞台設営や進行管理等を行う人”で、舞台監督は”オペラやバレエ等、舞踏・演劇等を伴うものを監督する人”、と勝手に思ってます。
前者も経験しているのでいずれ紹介するかもしれないことにして、今回は後者にスポットを当てていきます!
【舞台監督の仕事①準備】
まず行うのは、演出家や美術のプランを基に、舞台上の配置を決めていきます。海外とは違い、日本のオペラは劇場をレンタルして公演を行います。複数公演を打つためにはすべてのホールの図面を取り寄せ、大きさも造りも異なるホールそれぞれに適した舞台図を引くする必要があります。さらにそこから大道具スタッフへ装置の発注します。新演出なら詳細な寸法を決め、再演なら取り寄せる手続きを踏む…という具合です。
中止になった「ジャンニ」で使う予定だったバルトホールの舞台図。
1マスが1間なので、ここは間口6間×奥行2.5間くらいです。
並行して、演出サイドから上がってきた小道具を用意します。舞台監督業者ならだいたい自前の倉庫にあるもので済みますし、レンタル業者もあります。無ければ買うか作ります。彼らは何でも作ります。すごくすごいです。
【舞台監督の仕事②稽古場】
稽古入りすると、舞台監督または助手が稽古に常駐します。稽古が始まるまでにバミリ※を済ませ、稽古用の小道具も用意し、スムーズに稽古を開始できるよう備えます。なお、当然ここにも賃金が発生するので、小規模公演の場合は舞台監督は直前の衣装付き通し稽古・GP・本番のみ、ということも多々あります。
※バミリ 床につける目印のこと。バミリを施すことを「バミる」とか言います。ビニールテープやヒモを用いて、道具の位置や舞台の大きさを稽古場に再現し、稽古の精度を上げます。バミリは本番でも重要な役割を担いまますが、これはまた別の機会に。オペラ専門用語集みたいな記事もそのうち書こうかな?
【舞台監督の仕事③仕込み→舞台稽古】
ここから先は、舞台監督が一番”偉い”、つまり舞台監督が全ての責任を負い、出演者とスタッフは言うことに従わなければなりません。舞台上は常に危険と隣り合わせです。今ほど安全管理が徹底される前には凄惨な死亡事故も多々起きています。
劇場入りまでに、すべてのスケジュールを決めます。特に仕込みの手順を間違えると遅れや事故の原因になるので、あらかじめ決めた手順通りに、各部門と密に連携しながら進めます。
仕込みの様子の一例としてこちらを。
竹内や塙理事長、阿部さんも参加した2019年3月の小澤征爾音楽塾「カルメン」仕込みの様子を映したタイムラプス動画が公開されているのでシェアします。狂おしいほど好きな動画です。
ちなみに今年3月の「こうもり」は新型コロナウィルスの影響で中止となってしまいました…。
【東京公演完売! セットが組みあがる様子も公開!】
シカゴ・リリック・オペラからお借りしている今回の #カルメン のセット。4回ステージ上での転換が行われる大がかりなセットは、コンテナに積まれて海を渡ってきました。そんなセットが、#ロームシアター京都 に組みあがる様子を公開します! pic.twitter.com/GB7lS5eNcK— 小澤征爾音楽塾_MusicAcademy (@OzMusic_Academy) March 19, 2019
仕込みが終わるといよいよ舞台稽古です。全出演者を舞台上に集め、舞台監督が舞台セットの説明をするのが通例です。この話を聞いていないと大事故につながるので、竹内はいつも本番より緊張しながら聞いています。
続けて場当たりになりますが、演出助手と連携しながらスムーズかつ安全に進行していきます。この時点で安全上の問題が生じた場合、舞台監督が演出の変更を要求することもあります。一方で、演出部の技術的問題が発生した場合は、舞台稽古の合間に徹底して稽古/調整(「テクニカル・リハーサル」などと言います)し、演出家の理想を追求します。
【舞台監督の仕事④本番】
以上のように技術上/安全上の問題をすべてクリアさせ、本番を迎えます。本番中も舞台監督は全ての管理を行います。複数人いる舞監補がそれぞれの持ち場でひとつずつ着実に実行し、ひとつの舞台を作り上げます。
例を挙げると、
- キュー出し(照明や転換、出演者の出入りなどのきっかけのこと。Qではなくcue。正確に楽譜を追えないといけません)
- 効果音(ノック音や食器が割れる音、椅子が倒れる音など、担当者が工夫して最も適した音を作ります)
- 転換(幕間、暗転中、音楽は鳴ってるけど暗転、敢えて見せる転換…いろいろなパターンがあります)
- バンダや影歌のセッティング(舞台袖から演奏する場合の譜面台などのセッティングです)
すっごい個人的で、オペラ経験者じゃないと伝わらないと思うんですけど、舞監補さんたちが舞台袖でペンライトを持って迎えてくれるのがすごく好きです。明るい舞台上から暗い袖に入るとマジで何も見えないんですが、そういうところに気を配って転ばないようにしてくれる優しさがいつも心に沁みます。
画質がやばすぎる。こう見えて竹内です。
黒タイツ・黒覆面・黒靴で舞台監督をやった時の写真です。
一応衣装です。ふつうは黒シャツ黒ズボンとかですが、衣装を着ることもあります。
【舞台稽古の仕事⑤バラシ】
出演者は公演が終わったらそれで終わりですが、スタッフはそうはいきません。”バラシ”、すなわち撤収作業が残っています。
前述の小澤塾「カルメン」では、夜公演終了後にバラし始めて、未明までかかっていたようです(スケジュール上はそうなっていました)。バラシは仕込みよりずっと早く終わりますが、輸送で崩れたり壊れたりしないように、次使うときに分かるように片付けるのにも技術が必要だったりします。もちろん、事故が起きないよう安全対策は徹底します。
【舞台監督に栄光あれ!】
これだけ過酷な仕事をこなしながらも、舞台監督をはじめとする演出部のスタッフはどなたもとても活き活きしています。舞台監督に関してはエネルギーにあふれた人が多い印象。前回「閑話休題」で書いた通り、残念ながら竹内は楽しみきることはできませんでしたが、楽しさの片鱗と、歌手だけやっていたら見えなかった世界がそこにはありました。
新型コロナ蔓延の影響で、彼らも影響を受けていると聞きます。舞台監督らスタッフがいないと歌手は舞台立てません。早く劇場で彼らと会える日が来ますように…